公園内に設置
もとは北側の市道交差点にありましたが、道路拡幅に伴い、通行に危険なため、平成17(2005)年5月にとりのぞかれることとなり、二本の門柱のうち西側の一部が、保存されることになりました。この門柱には、「通用門」と彫られた大理石がはめこまれています。大阪航空廠は、昭和15(1940)年に、軍事用の飛行機の組み立てや修理・整備などを行う施設として、建設されました。現在の八尾空港は、太平洋戦争中は、大正飛行場とよばれる軍事用の飛行場でした。その西側の八尾市西木の本から大阪市平野区長吉の一帯が大阪航空廠で、約二千人の人々が働いていました。その中には軍人や技師だけでなく、近くの村から集められた人々や、大正校区の生徒・児童たちも働いていたといわれています。戦争中の人々のくらしを後世に伝える、八尾市内の数少ない遺産の一つとして貴重です。平成17年6月八尾市教育委員会 文化財課【出典:『ステンレス製説明板』(八尾市教育委員会、2005年)】
*説明には一部現状と異なる場合があります。
河内地下道碑文 昭和16年旧陸軍は阪神飛行場の拡張工事を行い府道八尾藤井寺線を迂回し河内地下道をつくり上を滑走路として使用した。(昭和18年3月竣工)戦後飛行場は縮小され昭和62年8月地下貯水池として再利用のため道路の平面化を行い、ここに河内地下道は46年間の役目を終えた。【出典:『説明石板』(大正北地区福祉委員会・(贈)平田建設株式会社)】
過去の門柱の設置場所
旧格納庫
河内地下道跡
指定文化財 | 未指定 |
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時代 | 昭和 |
施設情報 | レンタルサイクル:大阪市営地下鉄「八尾南」駅にあり |
備考 | 旧陸軍大阪航空廠があった場所は現在の西木の本で、跡地には大正中学校、大正北小学校や住宅の林立でその面影はない。大正北小学校前から府道を南へ約1kmに「河内地下道」が有ったが今は学校前に標識のみが残る。太平洋戦争の遺産。 |
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小学校区 | 大正北小学校区 |
所在地 | 八尾市西木の本2丁目 児童公園 |
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交通ルート | 大阪市営地下鉄「八尾南」駅から徒歩約6分/近鉄バス「大正北小学校前」から約2分 |
最寄駅 | 地下鉄「八尾南」駅/近鉄バス「大正北小学校前」 |
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