本文へジャンプ

こまじんじゃ
許麻神社

歴史遺産

前のページへ戻る

鳥居
鳥居

式内社で、もと牛頭天王と称され、渋川六座の一である。この地は古く巨麻荘といい、河内国諸蕃の大狛連の住地で、その祖神をまつったと伝えられる。 境内の手洗いの屋形は、むかしの宮寺久宝寺観音院の鐘楼の名残りである。 この寺は、聖徳太子の建立で、戦国時代に兵火に逢って焼失した、 その後観音院のみ復興したが、明治初年廃寺となった。本尊十一面観音はいま念佛寺にある。 神社の西方に、むかし弥生式土器を埋蔵したベントウ山があった。【出典:『史跡の道・説明石板』(八尾市郷土文化推進協議会・八尾菊花ライオンズクラブ・八尾市教育委員会、1983年)】

*石板の説明には一部現状と異なる場合があります。

インフォメーション

本殿
本殿

①社名の由来:「許麻」は「コマ」と訓み、昔はこの地を「許麻荘」と言った。許麻は高麗に通じ、高麗からの渡来民族が多く住んでいた。彼らが祖霊として祭祀したのが、後に神社として祀られ、社名に「許麻」が残ったと言われている。【出典:『許麻神社案内記』(許麻神社)を参考】  
②手洗舎建立の由来:この手洗舎は往古この境内に許麻の宮寺として「久宝寺観音院」があり、「真言宗大悲閣」と呼ばれる様になったものです。旧記に、この寺は聖徳太子の建立によるもので、太子自作の十一面観音を本尊としていたと伝えられます。三十三代推古天皇二年三月に勅願所となりましたが、松永弾匠久秀の乱による兵火にかかり悉く灰燼となりその後漢文七年七月(一六六七年)に再建されました。その後明治初年の神仏分離により廃寺となりましたが、その鐘楼を神社の手洗舎として移築し現在に及んでおります。尚、古老によれば鐘楼の釣鐘は有名で、その響きは十里の外まで及び、大和高田まで達したと伝えられております。 平成十二年五月吉日記【出典:『許麻神社手洗舎』案内板(許麻神社、2000年)】

このページのトップへ

指定文化財未指定
時代飛鳥(伝)
関連する文化財など式内社
施設情報①印刷物:あり
駐車場3台(鳥居前駐車可)
見どころ①本殿隣に厳島神社があり、周りは池になっていて噴水が出ている。境内に公園あり。  
②久宝寺寺内町に近い。
備考①祭神:牛頭天王・高麗王霊神・素盞鳴命・許麻大神  
②八尾市指定保全樹木 くすのき 第11号 昭和六十一年二月二十五日指定  
③最寄りの史跡など:道中に国登録有形文化財 浅野家住宅(久宝寺5-4-76)・国登録有形文化財 高田住宅(久宝寺5-2-26)がある。向いに許麻橋地蔵がある
小学校区久宝寺小学校区
所在地八尾市久宝寺5丁目4-8
交通ルートJR「久宝寺」駅から徒歩約7分/大阪市営バス「久宝寺」から徒歩約3分
最寄駅JR「久宝寺」駅/大阪市営バス「久宝寺」
電話番号072-923-4235
FAX番号
HPアドレス

このページのトップへ