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たまのおやじんじゃ
玉祖神社

歴史遺産

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社殿
社殿

式内社で玉祖明神とか、高安明神ともいう、 高安十一カ村の氏神で、和銅三(七一〇)年周防国から分霊を勧請したもので、祭神は櫛明玉命である、この地に玉造部の人人が住んでいたので、その祖神をまつったものであろう。 寺宝も多く、北条時政の制札(重文)男女神像(府、重、美)樟樹(府天然記念物)豊臣秀頼寄進の石灯篭などがある。 神社の北方を東西に十三街道が走り、大阪の玉造に通じ、玉祖、玉造りの地名からこの街道のもつ意義は大きい。【出典:『史跡の道・説明石板』(八尾郷土文化推進協議会・八尾菊花ライオンズクラブ・八尾市教育委員会、1981年)】

*石板の説明には一部現状と異なる場合があります。

インフォメーション

大阪府指定天然記念物 くすのき
大阪府指定天然記念物 くすのき

①慶長の石灯籠:社務所前に有る。高さ152㎝で、その竿に 慶長九甲辰卯月 玉祖明神宝前の銘がある。中台に桐と四つ目文の彫刻があり、慶長8年(1603)に徳川家康の命によって、社殿が再建されたとき、豊臣秀頼が寄進したものと伝えられる。【出典:『八尾の史跡』(棚橋利光・八尾市市長公室 市政情報課・八尾市郷土文化研究会、1999年)】

●玉祖神社の指定文化財●
①木造制札:文治(ぶんじ)元年(1185)十二月に、北条時政(ほうじょうときまさ:1138~1215)が玉祖神社の宮寺・薗光寺(おんこうじ)に出した制札です。この制札は、日本最古の禁制(きんぜい)として有名です。「薗光寺は、鎌倉幕府の将軍の源頼朝(みなもとよりとも)の祈祷所(きとうしょ)であるから、寺や田畠、山林などを荒らしてはならない」という内容が書かれています。制札は、縦20㎝、横15㎝、厚さ1cmの板に墨書してあります。「平(たいら)」の署名の下の花押(かおう)は時政のものです。上部中央に釘穴がみられることから、門前にかかげていたことが想像できます。[昭和25年8月29日指定] 
②木造男女神像:社伝によれば神像二体は、御神体(ごしんたい)として祀られた玉祖宿禰夫妻(たまおやすくねふさい)の像とされています。二体とも桧(ひのき)の一木造りで、男神像は像高54cm、頭上に冠(かんむり)をかぶり、前襟(まええり)を広くあけた袍形式(ほうけいしき:前開きのガウン状の袍を着用した形式)の衣服をまとって端座(たんざ)しています。女神像は像高45cm、左ひざを立てて座っています。この座法は朝鮮系のものです。両像とも元は彩色が施されていましたが、現在は剥落して、女神像の後ろ髪の一部に黒く彩色されていたあとがうかがえるのみです。[昭和45年2月20日指定] 
③玉祖神社のくす:玉祖神社の参道の石段の前段をあがった右手の所にあります。地上からすぐの所で幹(みき)が三つに分かれています。幹周(みきまわ)りが8.5m、樹高20.6mもあり、巨樹の一つとして、昭和45年2月大阪府天然記念物に、昭和61年4月には八尾市保全樹木に指定されました。渋川神社のくす及び垣内の善光寺のくすと、市内におけるくすの三大樹として有名です。 【①②③出典:『八尾市文化財情報システム』より】

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指定文化財未指定
時代奈良(伝)
関連する文化財など木造制札(国指定文化財)、木造男女神像(府指定文化財)、くすのき(府指定文化財)、慶長の石灯籠
施設情報①トイレ:有
駐車場現場 約5台
見どころ①現場:参道の石段の脇に大きなクスノキが生えている…1949年(昭和24年)に大阪府の天然記念物に指定されている。また、八尾市指定 保全樹林 指定番号16 くすのきが境内にある。境内からは、西方に大阪平野が一望できる。境内は清潔に気持ちよく整備されている。 
②道中:東に信貴高安山、沿道には木々・池・旧民家が多くみられ風情がある。標識:道中に有。道中、「八尾市立歴史民俗資料館」前に史跡コースマップがあるので、ルート確認すると便利。
備考①高安十一カ村の氏神:この地の玉造部の人々の祖神をまつったと言われている。  
②最寄りの史跡:十三街道、伴林光平墓、芝塚古墳趾、本間孫四朗墓、神立茶屋辻、都夫久美神社 等 
③近鉄「服部川」駅からの道中に「八尾市立歴史民俗資料館」がある。  
④祭礼:7月中頃 夏祭、10月10日 秋祭
小学校区北高安小学校区
所在地八尾市大字神立443(八尾市神立5丁目5-93)
交通ルート近鉄「服部川」駅から徒歩約27分
最寄駅近鉄「服部川」駅
電話番号
FAX番号
HPアドレス

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