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八尾木不動明王

よおぎふどうみょうおう
八尾木不動明王

宝永元年(一七〇四)五代将軍徳川綱吉の治世、この地方を水害から護るため、大和川の付け替え工事が行われた。そのとき出土した石材を村人が持ち帰り、由義神社の北の小川に橋として使っていた。
 ある日、農耕用の牛がこの橋を渡るのを嫌がったので不思議に思い、よく調べると石材に不動尊像の刻まれているのに気が付いた。さっそく村に持ち帰り、この地に堂を建立し祀ったのがこの八尾木不動明王である。
 以来、諸願成就・眼病・その他難病治癒に霊験あらたかで、近在諸郷の多くの人々の信仰を集めてきた。
 また、大祭日の八月二十八日に五穀豊穣を祈願して作られる「作り物」は、寛政年間(一七九〇)頃から始まったもので、農作物を主に使い、その伝統は、八尾の郷土文化として現在まで続き、高い評価を受けている。
 ここに謹んで八尾木不動明王の由来を記し後世に伝えるものである。
【出典:『八尾木不動明王由来 説明板』(八尾木不動講・寄贈者:辻工務店、1991年)】

芳沢あやめ墓碑

よしざわあやめぼひ
芳沢あやめ墓碑

芳沢あやめは、五代を数える江戸時代の歌舞伎役者である。初代芳沢あやめは、歌舞伎の女形芸を大成した江戸時代、元禄期の代表的歌舞伎役者である。このたび、本照寺の境内から二代目、三代目、五代目の墓碑が発見された。向かって右側が二代目の、左側が三代目、五代目の墓碑である。当寺は昭和四十三年以前は大阪市の谷町にあった寺院であり、芳沢あやめ家の菩提寺である。江戸時代の歌舞伎役者の墓碑が確認された例はあまりない。今回確認された二基の墓碑は、近世の芸能史を考える上で、大変貴重なものである。【出典:『史跡の道・説明石板』(八尾市教育委員会、2003年)】

*石板の説明には一部現状と異なる場合があります。

正門

らいおんじ
来恩寺

①当山の縁起は、現在の地に江戸中期より来福寺として小さなお堂があったところで、1906年(明治39年)に、現在地より東南200メートル生駒山系の中腹にあった恩覚寺と合併し、以来、来恩寺と称するようになった。来恩寺(融通念仏宗)としての歴史は100年足らずだが、来福寺(浄土宗)、恩覚寺(真言宗)の合併の名残として、本尊の観音菩薩像の脇にそれぞれ、阿弥陀菩薩と弘法大師像が安置されている。また、元の観音像は移転の際、傷みがひどく現在は本堂に安置されず、新しい観音像と観音画像を祀られている。【『一心寺来恩寺H.P』より抜粋】

②来恩寺前の街道すぐ西に、自然石のままの「目ナシ地蔵」がある。一説に恩智城の見付石といわれている。今はここに地蔵としてまつられている。また、その西(恩智街道・東高野街道交差点側)に恩智神社石鳥居がある。(【出典:『八尾の史跡』(棚橋利光・八尾市市長公室 市政情報課・八尾市郷土文化研究会、1999年)を参考】

来迎寺 墓地全景

らいごうじ
来迎寺

聖衆山護念院来迎寺といい、浄土宗で阿弥陀如来を本尊とする。 本寺の創建年月は詳らかではないが、江戸の初期と思われる。宝永六(一七〇九)年当寺中興の祖の筆という「開基由来記」によると、信心深い老母に孝養を尽くす為に草庵を結んだのが、その始めといわれる。寺号のいわれは、近くにその昔行基菩薩により開かれた来迎井という井戸の跡があり、そこから来迎寺と称された。 付近一帯は、高安山古墳群で境内にも奥行七メートルもある塚があり、その石組は代表的なもの また北側の山の傾斜地には家型石棺の入っていた横穴式円墳がある。 境内から眺めはよく、晴れた日には六甲の山、大阪湾が見える。【出典:『史跡の道・説明石板』(八尾郷土文化推進協議会・八尾菊花ライオンズクラブ・八尾市教育委員会、1981年)】

*石板の説明には一部現状と異なる場合があります。

来迎寺墓地

らいごうじぼち(じんぐうじぼち)
来迎寺墓地(神宮寺墓地)

神宮寺、恩智、法善寺などこの付近の共同墓地で、行基菩薩が作った河内の七墓の一つである。入口には戦国時代から江戸時代にかけての一石五輪塔が無数にあり、また墓地内には鎌倉時代に属する大五輪塔をはじめ、石造層塔や永禄元(一五五八)年戊午十月十五日の銘が読みとれる十三仏碑があって墓地の古さと、この付近が地方豪族の住地であったことを物語っている。【出典:『史跡の道・説明石板』(八尾郷土文化推進協議会・八尾市教育委員会、1985年)】

*石板の説明には一部現状と異なる場合があります。

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