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神社・仏閣

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環山楼

かんざんろう
環山楼

環山楼は江戸の中期、当時八尾の豪商であった石田利清の設けた郷塾である。創建の年次は詳かでないが、命名は享保十二年(一七二七年)京都堀川の儒者伊藤東涯がこの地に招かれ講義のあと一泊、このとき学舎から高安、二上、金剛の山なみを一望し、その景観をめで環山楼と名づけたという。 学舎の創建当時は八代将軍吉宗の実学の奨励と文教刷新の時代であり、各地に郷学、私学の創設がつづき、この学舎も河内の中心地八尾にあった唯一の郷塾であり、後年東涯がこの思い出をまとめて記した「環山楼記」とともに、その扁額も保存されている。石田利清は字は善右衛門、賢明にして弁舌をよくし、その識才は郷土一円に名高く私淑する者多く、この学舎によって近郷の人々の教化を行った功績は特記すべきである。この学舎は創建当初八尾税務署裏西側付近、通称産屋といわれた地にあったが、昭和期に入って付近の公共工事施行のため三たびの移築で現八尾小学校敷地内に移されたが、さらに昭和五十六年に至り同校内に設置されるプ―ル建設工事のため四たび移築か廃棄かの岐路に立ち至ったが、市内の民間企業や篤志家から文化財愛護の精神に立っての浄財が寄せられ整備の上後世に永く保存することになり現在地に移された。  【出典:『史跡の道・説明石板』(八尾市教育委員会・星電器株式会社・八光信用金庫・八尾菊花ライオンズクラブ・濱田又三郎 1982年)】

*石板の説明には一部現状と異なる場合があります。

[八尾市指定文化財:平成11年3月10日指定]

やすなかしんでんぶんけんえず
安中新田分間絵図

『安中新田分間絵図』は、安中新田の支配人であった植田家に伝わった史料です。新田全体の正確な測量を基に作られた縮尺地図で、初期の安中新田の実態を知る格好の歴史資料です。
 現在の縮尺に直すと約300分の1という極めて細密で、巨大な絵図です。長瀬川の流域に沿って南北の帯状に広がる約2km弱の範囲、現在の久宝寺1丁目、高町、栄町2丁目、安中町2・3・4・5・9丁目、植松町1・2・3・4丁目、相生町1・4丁目、南本町9丁目が相当するものと考えられます。  耕地を一区画ごとに詳細に記述し、耕地幅が明記されています。その他、道、墓、地蔵、長瀬川や水路、架かる橋などの情報が加えられています。
 絵図は、正徳元年(1711)2月に、安中新田の支配人であった庄屋兵左衛門と肝入長兵衛が、新田経営のために作成し、翌年に柏原村の忠右衛門と清兵衛が絵図を改めています。
[八尾市指定文化財:平成21年3月23日指定]

とうさつちゅうそせき(にしごおりはいじ)
塔刹柱礎石(西郡廃寺)

西郡天神社境内にあり、本来は神社より北方の字「八間堂」で見つかったといわれており、塔の中心となった礎石(そせき)です。
 この辺りを居住地とした錦織連(にしごおりのむらじ)に関係する寺院があったと考えられます。
 高さ60㎝、縦120㎝、横160㎝の自然石の中央に、直径67㎝、深さ37㎝の柱穴があり、その中央に直径21㎝、深さ18㎝の舎利孔(しゃりこう)があいています。
[大阪府指定文化財:昭和49年3月29日指定]

高田家住宅

たかだけじゅうたく
高田家住宅

高田家は、江戸時代には油屋と号し、久宝寺村の庄屋を務めてきたため、村に関する貴重な文書等が多数伝わっています。 顕証寺(けんしょうじ)に通じる東西の通りに面する主屋(おもや)は、屋敷構えを出格子(でこうし)と虫籠窓(むしごまど)で整え、瓦葺きの米蔵は屋敷の東側に建てられています。本住宅の周囲は碁盤目状の町割りがみられ、寺内町の歴史的な景観を残す貴重な建物であることから、平成20年3月に主屋と米蔵が国登録有形文化財となりました。【出典:『ステンレス製説明板』(八尾市教育委員会)】

*説明には一部現状と異なる場合があります。

じょうこうじ さんもん(ろうもん)いっとう
常光寺 三門(楼門)一棟

地蔵盆踊りや狂言「八尾」で知られる常光寺は、臨済宗南禅寺派の寺で、地蔵菩薩(南北朝時代・市指定文化財)を本尊としています。南北朝時代の戦乱で荒廃していましたが、至徳(しとく)二年(1385年)に藤原盛継(もりつぐ)らによって復興され、天文(てんぶん)年間(1532 .1555年)には五山筆頭(ござんひっとう)南禅寺金地院末(こんちいんまつ)(禅宗寺院の京都五山の上に置かれる南禅寺金地院を本山とする寺)となっています。
 三門は、『河内名所図絵(ずえ)』(1801年)や寺に残された絵図では二重門に描かれていますが、文化十年(1813年)の修復に関する文書が残されており、江戸時代末期頃に楼門に改築されたようです。 府内では五山禅院の末寺(まつじ) は少なく、常光寺の三門は、五山禅院の歴史的空間を継承した境内と外界を仕切る建造物として重要な役割を果たしています。【出典:『八尾市市政だより 平成23年1月号 18ページ』より】 
[八尾市指定文化財:平成22年指定]

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